素直な心の初段
聞くところによると、碁を習っている人は、
大体1万回くらい碁を打てば初段になれるということです。

素直な心の場合もそれと同じようなことが言えるのではないかと思います。
まず素直な心になりたいと朝夕心に思い浮かべ、そうしてたえず日常の行ないにとらわれた態度がなかったかを反省する。
そういう姿を1年、2年と続けて、1万回、約30年を経たならば、やがては素直の初段ともいうべき段階に到達することもできるのではないかと思うのです。

素直の初段にもなったならば、まず一人前の素直な心と言えるでしょう。だから大体において、過ちなき判断や行動ができるようになってくると思います。


松下幸之助「一日一話」より抜粋。




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「偉い経営者」とはどういう人のことを言うのだろうか。
会社を急成長させた人、新しいビジネスを創造した人など、
世間的に「偉い」と思われている経営者は大勢いる。

しかし私がこれまでつきあってきた経営者の中に、
本当の意味で人間的に「偉いなぁ」と思える人はそれほど多くなかった。

そんな数少ない人物の中でも、とりわけ私が心から「偉い」と感じて尊敬していたのは、
新日鉄の社長や経団連の会長職などを歴任された
故・稲山嘉寛(いなやまよしひろ)さんである。
とにかく何をしていても器の大きさを感じさせる方だった。

とくに感心させられたのは、その腰の低さだ。
新日鉄の社長や経団連の会長といえば、財界でも最高のポストである。

しかし、稲山さんは、その肩書きの重さをみじんも感じさせない気さくな性格で、
それはそれは猛烈に腰が低い。
「実るほど頭(こうべ)を垂れる稲穂かな」という言葉を地でいくような人物だった。


腰が低いということはいばらないということで、
これは逆に言うと人を差別しないということでもある。


相手がだれであれ分け隔てなく接するという点で、
稲山さんほど徹底していた企業経営者を私は見たことがない。


その人柄を端的に表しているのが、
稲山さんの追悼録にも紹介されているエピソードだろう。


稲山さんが理事長をなさっていたゴルフクラブのキャディが、
「日曜の朝になると、今日は稲山さんを担当できますように、
と神棚に手を合わせていました」と書いているのだ。


キャディが「あの人のバッグを持って一緒にコースを回りたい」と願うというのは、
いかにふだんから優しく接していたかという証拠だろう。


いばり散らしてキャディをアゴでこき使い、
「あの人だけは回りたくない」と嫌われる人間は大勢いるが、
「担当したい」と思われている人物はめったにいないと思う。


『「なんでだろう」から仕事は始まる!』 より抜粋 ヤマト運輸 小倉昌男氏


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人間年を取っても何か成し遂げたと云われる様な人でも日々反省なんですね。
みんな素直になってますか?
人に優しくしてますかー?
意外と素直の入門者にもなっていなかったり。。?

一万回。。30年。。
今からなら還暦に間に合うかな。今日から日々実践。
素直の入門者です。皆様よろしく!




では!
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by fbmitu | 2011-03-22 14:47 | 日記
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